外科医を目指す先生へ

留学体験記(血管外科 谷口 良輔先生/アメリカ Yale大学)

2018年11月から2021年6月まで、アメリカ・コネティカット州ニューヘイブンにあるYale 大学のDardik研究室に留学をさせて頂きましたのでご報告させて頂きます。

きっかけ

研究室のPrinciple Investigator (PI)であるAlan Dardik先生は現在Yale 大学医学部血管外科の教授ですが、先生との出会いは私がまだ初期研修医1年目であった15年前に遡ります。私がスーパーローテーションで血管外科を回っていた時期ですが、講演のために来日されていたDardik先生が大学病院を訪れ、当時私の上司であった山本晃太先生が病院案内を任されました。これがきっかけの一つとなり、山本先生はその6年後に当科から初めてDardik研究室に留学されました。以降robustなパイプラインが構築され、私が4代目という形で留学させて頂きました。

谷口良輔

研究

Dardik研究室にはYale大学病院の外科レジデントが数名、医学部生が数名、中国からの留学生数名(概ね血管外科医)、日本から私含め血管外科医2名が所属しており、そのため約10人のメンバーが定期的に入れ替わります。Dardik先生は絵に描いたようなAcademic Surgeon-Scientistであり、臨床よりも研究への愛情の方がむしろ強い印象でした。一方ベースは外科医なので、Molecular biologyに造詣が深くない私などに対しても非常に寛容的であり、研究環境としては非常に恵まれていたと思います。週に1回ラボミーティングがあり、各人が進捗状況を報告します。それ以外にもDardik先生はよく研究室に顔を出すので比較的フランクに相談をすることができ、これが非常に有り難かったです。
私の研究テーマは、細胞外マトリックスや血管平滑筋細胞増生の制御因子であるTransforming Growth Factor-β (TGF- β)の抑制が、維持透析に必要な動静脈シャント血管のリモデリング、ひいては長期的な開存率をいかに改善するかというものでした。マウス動静脈シャントモデルを用い、TGF- β阻害薬を内包したナノ粒子の投与や、内皮細胞または平滑筋のTGF- β受容体を特異的にノックアウトし、結果として平滑筋細胞ではなく内皮細胞のTGF- βシグナリングの制御が重要であることが分かりました。

生活・コロナ

コネティカット州はアメリカ北東部ニューイングランド地方にあり、アメリカの中では隣接するマサチューセッツ州と並び歴史がある地域です。面積はアメリカで3番目に小さいのですが、それでも日本2番目の岩手県よりわずかに小さい程度で、いかにアメリカが広大であるかが分かります。緯度は青森県と同じであり、冬は長く寒いです。最低ではなく最高気温がマイナス10℃というのも経験しました。一方で夏は日が長く、比較的涼しいため大変過ごしやすいです。Yale大学のあるニューヘイブンはキャンパスから離れると治安が悪くなるので、少し離れた住環境の良いノースヘイブンという町にアパートメントを借りました。高速道路へのアクセスが良かったため、研究室までは車で10分強しかかからず通勤はストレスフリーでした。

谷口良輔
研究室のメンバーとバーベキュー。下段中央がDardik夫妻。下段右から2番目が筆者、上段右から2番目が九州大学血管外科の松原裕先生。

妻と子供2人(当時6歳と4歳)で渡米しましたが、私自身は小学校時代を5年間アメリカで過ごしたので英語を読む・聴くことに関しては大きな不便は感じませんでした。話すことに関しては思いが伝わらないこともあり、やはりブランクを痛感しました。子供達は、自宅周辺に日本人家族が全くおらず、アパートメントに同世代の子供が多数いたこともあり、スポンジのように英語を吸収しました。まだ小学校低学年なので、今後どのようにしてこれを維持するかが課題です。

そうこうしているうちにCOVID-19がパンデミックとなりました。2020年3月からロックダウンが始まったので、考えてみると留学期間のちょうど半分がパンデミックと重なったことになります。ご存知のようにアメリカはコロナ大国で、信じられないぐらいの患者数・死者数でした。日本と比べて日々の新規患者数が2桁多いことは国の人口が約3倍であることを考慮しても驚異的でした。要因はいくつかあると思いますが、やはりマスクの重要性の欠如(当初)と基礎疾患(特に肥満)による差だと思います。何れにせよ数カ月間、研究室にはマウスの系統維持とcriticalな実験以外は行くことは許されず、毎日Zoomでラボミーティングの日々となりました。しかし、この図らずも与えられた時間の中で実験のデータ整理や文献検索など、研究室で手を動かし続けている時にないがしろにしていたことができ、結果としてはその後の研究に大きくプラスとなりました。ワクチンに関してはアメリカではいち早く普及が始まり、2021年4月に入り対象年齢が45歳以上から16歳以上に引き下げられたため、私自身は一般枠でも問題なく接種出来ました。徐々に症例数も減少し、帰国の頃には外食やエンターテイメントも元のキャパシティーに戻りつつあり、マスクもディスタンス保てる範囲でオフ、握手・ハグの習慣も復活してきました。

まとめ

人間万事塞翁が馬。COVID-19パンデミックによるロスは計り知れませんが、それにより家族との絆はより一層深まり、メリハリのある研究生活を送ることが出来ました。この場をお借りして、私の留学に際してご支援頂いた先生方に心より御礼を申し上げます。

ページの先頭